「笑顔のために」

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109号(2016年11月18日発行)

人は何のために生きているのでしょうか?

とても大きな質問ですが、皆さんはどう答えますか?

・いい生活をするために

・お金をもうけるために

・スポーツがしたいから

・ゲーム毎日したいから

・将来、外国に住みたいから

・いい車に乗りたいから

・いい家に住みたいから

・旅行に行きたいから

あなたの答えがあったでしょうか?

 

私の答えは「笑顔」のために生きているです。

自分がいつも「笑顔」でいたいと思っているのです。だからそのために頑張って生きています。働いていると言ってもいいでしょう。ただ、人間は一人では生きていけません。いつも私のまわりには、人がいます。まず家族がいます。そして塾に来れば生徒がいます。だから家族が悲しんでいたり、塾生が寂しそうな顔をしていたら、私は「笑顔」にはなれません。

そう考えると、私自身は自分の笑顔のために、独りよがりに生きることはできないのです。家族や塾生の「笑顔」があって、初めて私の「笑顔」があるのです。自分のまわりの「笑顔」が地域社会の「笑顔」につながり、日本の「笑顔」、世界の「笑顔」につながっていけば、平和な世の中になるのでは、と考えています。

だからまずは、自分のまわりが「笑顔」になるような生き方をしたいと思っています。といっても、なかなかうまくできず、独りよがりになりそうな自分を、なにやってんだと叱りながら反省して生きていると言った方がいいかもしれません。

さて、最近読んだ本に、大伴部博麻という飛鳥時代を生きた人の物語がありました。

中学校の歴史の教科書に「朝鮮半島では、唐が新羅と結んで、百済をほろぼしました。663年、日本は百済の復興を助けるため大軍を送りましたが、唐と新羅の連合軍に敗れました」とあります。この「白村江の戦い」に一兵士として参加した博麻は、唐の捕虜になってしまいます。捕虜として唐の都長安に送られた博麻は、ここで日本に帰れなくなった遣唐使4人とともに、抑留生活をおくります。捕虜とはいうものの町を往来することはできたようです。

664年のある日、博麻は聞き捨てならない話を耳にしました。唐が近く日本への侵略を企てているというのです。白村江の戦いで、大陸の戦争の流儀(敵兵だけでなく、女や子どもも容赦なく、惨殺し、すべてを焼き尽くす)を目の当たりにした博麻は思い描きます。

「おそらく、最初の上陸地になる可能性が最も高いところは、わが故郷筑紫国だろう。あの美しい山河が蹂躙され、わが家族、一族、同胞たちが惨たらしく殺されることなど、絶対に容認できるわけがないではないか」

そして「なんとしても、一刻も早く国に知らせなければならない。このままではわが国が滅ぼされてしまう!」と思うのです。そして博麻はここに一大決心をして、4人のもと遣唐使に奇抜な計画を提案します。

 

「私も皆さんも、ともに国に帰還することを願っておりましたが、資金がないためにそれもかないません。どうかお願いでございます。私の身を奴隷として売って、これを帰国の資金とし、国の危機を日本に知らせてください。」

 

博麻が取った行動は、自分の笑顔を犠牲にしてまでも、家族の笑顔・まわりの人々の笑顔を優先したものです。戦いという前提があるにせよ、なかなかできるものではありません。

4人のもと遣唐使は博麻の申し出に驚き、かつ彼の行く末を思うと不憫でなりません。しかし、ほかに方法がないのです。苦渋の決断の末、博麻を売ったお金を旅費として日本への帰国の旅に出ました。『日本書紀』によると664年~671年の間に順次日本に帰ってきたようです。そして朝廷に唐が日本侵略の準備をしていることを報告したのでした。

天智天皇はすでに九州北部に水城や山城を構築して臨戦態勢をとっていましたが、讃岐の屋島や河内、大和にも城を築いて防衛を固めたといいます。結局、唐は新羅とも交戦状態になり、日本には攻めてこなかったのですが、当時の大陸との関係が天皇を中心にした中央集権国家の確立に向けて国づくりが進む大きな原動力になっていたようです。

さて、年月が流れ持統天皇の時代になります。690年日本にやってきた新羅の舟から、一人の初老の男が唐僧に伴われて上陸しました。どうやら、この初老を迎えた農奴が日本人だと知った唐僧が、使節として日本に赴くことになったので、一緒に行こうと連れてきてくれたようです。

唐軍にとらわれて何と27年、博麻が日本に帰ってきたのです。

その時、持統天皇が博麻に送った言葉が残っています。

朕嘉厥尊朝愛国 売己顕忠
朕、厥の朝を尊び国を愛いて、己を売りて忠を顕すことを嘉す
私は、あなたが朝廷を尊び、国を愛し、おのれを売ってまで真心を尽くしたことを喜び、感謝します。

「愛国」という国を思う言葉は、日本の歴史上この持統天皇の言葉が最初だそうです。今から1300年あまり前に、すでにこんな生き方をしていた人がいることに、私は感動を覚えました。皆さんはどうですか?

 

今、中学生は期末テストの準備期間です。いくらテストがあるからといっても、ゲームと勉強どちらが楽しいかといったら、そりゃゲームが楽しいに決まっていますよね。

でもここで少しだけ考えてみてください。ゲームをしていれば、自分は笑顔になれます。しかしお母さんはどうでしょうか? 残念ながら笑顔にはなれませんね。最後にはケンカになったりします。自分の笑顔だけを考えていたら、結局笑顔は続かなくなるのです。

期末テストが終わるまでは、「1日30分でゲームは切り上げる」とか、いっそのこと「お母さん、ゲーム預かっといて!」なんて宣言したら、お母さんも笑顔になれるでしょうし、テストが終わってから少しぐらいゲームに夢中になっても、お母さんも許してくれるんじゃないでしょうか。

少しだけ自分の笑顔を我慢することで、周りが笑顔になり、最後は自分も笑顔になれるのです。博麻のように「愛国」とまではいかなくても「愛家族」や「愛おかあさん」ぐらいの気持ちを持ってみてはどうでしょうか。きっとその方が自分の笑顔が多くなるのだと私は思います。

(博麻についての記述は服部剛著「感動の日本史」から引用してます)

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