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祭りの役割

祭りの役割

にほんよいくに

105号(2016年1月13日発行)

「にほんよいくに」という本を友人に紹介してもらいました。小学生低学年でも読める部分と、そのお話に潜む深い意味合いを解説した部分があります。 ご家族で読んでほしいなあ~と思う本でしたので、ご紹介します。

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海のさち、山のさち、野のさち

むかしのおはなし。
日本の国の人びとは、おもいおもいに、くらしていました。
海の近く、野原、山の中、
いろんなところに、人がすんでいたのです。
ある日、海の近くにすむ人が、つぶやきました。
「毎日、毎日、魚ばかり食べていて、あきてしまったよ」
それを聞きつけて、野原で生活している人が言いました。
「それならわたしがつくったお米ややさいを、あなたの魚と、とりかえっこしてください」
「まった、まった。わたしのところは、木のみやキノコがとれるんだ」
山でくらす人も、くわわります。
「じゃあ、みんなで食べものをもちよって、こうかんしようじゃないか」
「それがいい」
山や、野や、海岸にすむ人たちは、さっそくそれぞれの家から、
いろんな食べものをもちよって、あつまりました。
「いやぁ、どれもごちそうばかりだ」「おいしそう」
目の前には、山のさち、野のさち、海のさちがどっさりならべられます。
「さぁ、見ているだけじゃなくて、ひとロあじわっておくれよ。うちの、じまんのごはんだよ」
「それは、わたしのところも、おんなじだ」
「それなら、いっしょに」「いただきます」
みんなはなかよく、食べたり、おどったり、わらったり、しゃべったり、大さわぎ。
とっても楽しくて、あっというまに、時間がたってしまいました。
やがて、夕日がかがやきはじめました。
そろそろ、家に帰らなくてはなりません。
みんなは、帰りじたくをはじめて、ロぐちに言いました。
「きょうは、ありがとう」「いやぁ、こっちこそ。楽しかった」
「また、つぎも、いっしょにごはんを食べましょう」「だいさんせい!」
「それじゃ、また」「さようなら」
「さようなら。またね」
みんなおなかがいっぱい。えがおもいっぱい。
はしゃぎすぎて、ちょっとつかれていたけれど、
しあわせな気持ちで、家路につきました。

祭り
おうちの方へ

争わない生活

縄文時代、日本列島にはいろいろな氏族が住んでいて、山に住む氏族、野に住む氏族、川の近くに住む氏族、海の近くで生活する氏族などたくさんおりました。海の近くに住む人は、海のものは豊富にあるのだけれど、山の幸はない。逆に山に住む人は、山の恵みは多く受けていても、海の魚は口にできません。
けれど人間は、いろんなものをまんべんなく食べないと、健康にはなれません。そのために、あちこちに住む氏族が、お互いに食物を交換し合って、みんなが平等に食物が食べられるようにしました。その役割の一つを神社が果たしていたように思うのです。

祭の役割

神社のお祭には海、山、野のそれぞれの幸を、神様にお供えします。今なら、ちょっとスーパーに行ってくれば、なんでもたくさんそろいます。しかし昔はそうはいきません。海のない山や野で、海の魚をお供えすることは難しかったはずです。

ですが海のない地方の神社でも、古くから鯛(たい)などの魚がお供えものに上がっていました。おそらく海でとれたものが運ばれてきているのでしょう。海の近くに住む人々が、海から遠いところの神社を崇敬(すうけい)してきたから、御神前(ごしんぜん)に上がったのだと思います。海の近くに住む氏族と、海から遠い野や山の氏族とが争っていたら、海の魚は手に入りませんから、昔からつながりがあったことがわかります。

また全国に、一の宮、二の宮、三の宮という場所があります。これは、それぞれの氏族が祀(まつ)っている産土神様(うぶすながみさま)や氏神様(うじがみさま)のほかに、あたり一帯を治める神様をお祀りしたことの名残です。いちばん大きな神社を一の宮、次を二の宮、三の宮といい、地域みんなの神様という感覚でしょう。いろいろな氏族が心を一つにして崇敬する神社を創建(そうけん)し、お祭りのときには、自分のところの特産物を持ち寄って神様にお供えしました。うず高く積み上げられたお供えものの様子は、神職の唱える祝詞(のりと)に、決まり文句のように出てきます。

そしてお祭りが終わったあと、お供え物を下げてきて、その場の全員でいただくのが「直会(なおらい)」という行事です。お祭りに直会はつきものでして、共に食事をとってお互いの交流を図ったのです。これはすばらしい知恵だと思います。

日本人は、もともとは争わない民族です。日本列島は、環境には恵まれていますが、土地は狭い。そこに人々は住み続けてきました。こんな狭いところでケンカばかりしていたり、自分のやりたいことばかりやっていたら生きていけませんから、共通の神様をお祀りして争わず、共生するというすごい発想を日本人は持っていたのです。
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(私の感想)
山の人と海の人の生活のようすは、当然違います。でも、「あんな生活はおかしい」と日本人は決して言わなかったようです。それぞれの生活や神様を認め合って尊敬しあってきたのです。言ってみれば、違いを認めることができる民族です。自分と人は違ってていいんです。だから、自分には自信を持って、生きていきましょう。そして、人のことも、それぞれの個性を認め合って、友だち付き合いしていきましょうね。そうすれば、きっと楽しく暮らせるはずですね。

世界では、宗教の違い、宗派の違い、民族の違いからいつも戦争が起こっています。とても残念でなりません。私たちは、これからも共に仲良く生きていく日本人でありたいですね。

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