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感動のWBC台湾vs日本戦

感動のWBC台湾vs日本戦

第91号(2013年5月8日発行)

もう少し前のことになりますが、WBCの台湾戦、手に汗を握る攻防で、最終的には日本が勝ちました。序盤からリードされていただけに、最後は興奮した人も多かったはずです。あの接戦に勝利したことは感動でしたが、そこには別の感動秘話が隠されていたのです。

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上の写真は試合後、台湾選手がマウンドに集まって円陣を組み、スタンドの観客に向かって深々とお辞儀をしているようすです。この試合は日本で行われたのですから、当然、日本人の観客に感謝の意を表しているのです。なぜだと思いますか?(疑問1)

2011年3月11日東日本大震災が起こったとき、その翌日に一番早く救援隊を送ってくれたのは台湾でした。そして台湾からの義援金は約200億 円。この額はもちろん世界一ですが、台湾の人口が日本の約5分の1であること、台湾の平均所得が約160万円であることなどを考え合わせると、これらの台 湾の人々の厚意が格別のものであることが分かります。なぜだと思いますか?(疑問2)

まず疑問2から、説明していきましょう。歴史を学んだ中3生以上はよく分かっていることですが、日清戦争に勝った日本は下関条約(1895年)で、 清(今の中国)から台湾を譲り受けます。それから太平洋戦争が終わる1945年まで約50年間、日本は台湾を植民地として統治することになります。台湾の 人々は支配される側にあったわけですから、日本人を嫌っていると私もつい最近まで思っていました。でも、どうやらそうではないようなのです。

日本が統治し始めた頃の台湾は、教育制度は整っておらず、マラリアやコレラなどの伝染病がはやっていて、近代化の遅れた地域だったのです。そこで日 本は台湾総督府という役所を中心にこの地域の発展をめざします。まず学校を建て、教育を充実していきます。初等教育だけではなく、大学もつくります。台北 (タイペイ)大学(現在の台湾大学)は帝国大学ですから東京大・京都大・大阪大・名古屋大・九州大・東北大・北海道大(旧七帝大)と同じ扱いの日本の国立 大学として設置されています。その上で鉄道・道路・港湾・通信・水道などさまざま社会資本が整備されていきました。

中でも八田與一(はったよいち)という日本人が中心となって、烏(う)山(さん)頭(とう)ダムを建設し台湾南西部に用水路を張り巡らせた工事は非 常に有名です。この地域は干ばつと水害を繰り返す、台湾でも最も貧しい土地でした。10年にわたる厳しい工事の完成後、米を以前の11倍も収穫できる台湾 一の穀倉地帯に変えていったのです。地域の人々が喜んだのは言うまでもないことでしょう。こうした自国の歴史を知る台湾の人々の中には、「今、台湾が先進 国でいられるのは、日本のおかげ」という人も多いのだそうです。
そういう思いの結実が、2年前の東日本大震災の時に、迅速な救援隊の派遣とびっくりするほどの義援金を送ってくれる厚意へとつながっていくのです。(疑問2の答え)

ところが、日本人はそのことをあまり知りません。震災の1年後の2012年3月11日に行われた追悼式典に訪れた台湾の代表者を、日本政府は各国と 国際機関の代表者のために用意した一階席ではなく、大国中国への配慮からか、企業や団体関係者が座る二階席に案内したほどです。なんか情けない話ですね。

WBC2次ラウンドで、日本と台湾が対戦すると決まったとき、ある日本人がツイッターで

「WBC、日本の初戦が台湾に決定。この試合を見に行かれる方、先般の東日本大震災への台湾からの多大な支援へのお礼の横断幕やプラカードをお願いします。WBCを通じ、日本と台湾の信頼関係を深め、私たちが本当に台湾に感謝していることを伝えてください。」
と呼びかけた。すると、

「いいこと言ってくれました。激同です。」
「これは素晴らしいアイデアだと思います。」

と瞬く間に日本全国にこの呼びかけが伝わり、当日会場にはさまざまな形で、台湾への感謝を表すプラカードが現れたのです。

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私は塾から帰ってもまだ試合が終わっていなかったので、そのままテレビに釘付けになりました。試合は両者譲らないまさに熱戦です。日本の観客はもちろん日 本の応援に来ているのですが、台湾の素晴らしいプレーにも拍手を贈ります。完全アウェーの試合でありながら、ヤジなどなく集中できるいい環境での試合に臨 めたことが、まず台湾選手を感動させたのでしょう。

そして観客席にはたくさんの「台湾シェイシェイ」のプラカードがあるのです。こんなことは初めての経験だったことでしょう。

ある選手は
「ホームグランドでもない私たちを日本のファンも応援してくれる。それに感謝したい。」
と言い

監督は
「選手は素晴らしいプレーをしてくれた。国際試合で日本の高いレベルに近づきたいと思っていた。尊敬する日本に勝つことこそできなかったが、重圧をかけられた。残念な結果だが、いつか勝つ日が来ることを願っている。反省から学びたい。」
と謙虚に述べていました。

そして国際大会の場合、台湾は普通チャイニーズタイペイと表記されます。中国の一地域ということです。しかしこの大会、日本ではすべて台湾と表記されていました。これも台湾の人にとっては嬉しいことのようです。

それらすべてが、最初にご紹介した円陣を組んでのお礼となって表れたのです。(疑問1の答え)日本の観客も惜しみない拍手でこれに応えていました。 日本と台湾、深いところでつながっていますね。戦争という不幸な歴史を乗り越えて、これからも仲良くしていきたいと思いました。

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コメント

  • METALPRINCE0415 より:

    台湾の方々に厚く御礼申し上げます。
    当時が民主党左翼政権でなかったら一番先に駆けつけた台湾救援隊を2日も待たせ、韓国(先遣隊4~5人)や中国を一番に仕立て上げるような失礼な事はなかったと思います。

    生存の境目である72時間のうちすぐに来ていながら2日(48時間)も待たせた民主党に二度と政権は取らせないつもりです!

    WBCでもフェアな台湾は本当に強く素晴らしいチームでした。
    一番気持ち良く正々堂々と試合のできたチームです。
    台湾の独立とスポーツの発展を心より応援します。

  • 大谷岳嗣 より:

    METALPRINCE0415様、大谷岳嗣です。

    本欄をご覧いただき、コメントまでお寄せいただき、ありがとうございます。

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