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感動

教室の魔法<育心タイムズ114号>

114号(2017年11月16日発行)

 

私が大好きな先生がいます。香葉村真由美さん。現在福岡県の小学校の先生をしておられます。上は9年前、私が初めて香葉村さんの講演を聴いたとき、あまりの感動に声を出して泣きそうになるのを、口を押さえて我慢している私の写真です。今も主催者のブログにそのまま残っています。このとき以来、私は香葉村さんの大ファンです。今年8月、彼女の初めての本が出版されました。「子どもたちの光るこえ」という本です。その本から、今日は「教室の魔法」という一節を皆さんに紹介します。

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教室には、子どもたちだけが使える魔法があります。それは、友だちの心を開くという魔法です。いまから13年前のこと。担任していた6年3組には、口のきけないさっちゃんという女の子がいました。さっちゃんはおばあちゃんと二人暮らしでした。

さっちゃんが6歳のとき、ご両親はさっちゃんをおばあちゃんに預けて蒸発してしまいました。さっちゃんはそのときのショックから、おばあちゃん以外の人とは話ができなくなったのです。

新しいクラスが始まりました。やっぱりさっちゃんは一人でした。誰に話しかけるわけでもなく、誰からも話しかけられませんでした。さっちゃんはまるで、存在していないかのようでした。私はさっちゃんに尋ねました。
「さっちゃんが話せなくなった理由をみんなにわかってもらいたいんだ。だからみんなに話をしようと思う。いい?」
さっちゃんは、私をしっかり見つめてうなずきました。

小さいときにお父さんとお母さんが突然いなくなってしまったこと。さっちゃんはそのことでとても傷ついたということ。深く傷ついて、こえを出せなくなってしまう「失語症」という病気があるということ。さっちゃんのおばあちゃんは、そんなさっちゃんが大切で、必死で守っておられるということ。

話している間ずっと、教室は沈黙に満ちていました。私は続けました。
「さっちゃんがこのまま一言も話せないでこの学校を卒業していくのは、先生、いやだと思ってる。だからね、みんなにもさっちゃんがどうしたら話せるようになるのか、一緒に考えてほしい」

次の日、子どもたちが考えたアイデアに私は少し驚かされました。彼らはペンとメモをさっちゃんに渡し、そこに自分の気持ちを書いてもらうことにしたのでした。さっちゃんに話をさせようとするのではなく、自分たちがさっちゃんの気持ちを理解しようと考えたのです。

誰かを変えようとするとき、大人はその人を変えよう変えようとしてしまいます。けれども子どもたちは、お話ができないさっちゃんを、そのまま丸ごと、受け止めたのです。

〝そのままでいいよ、さっちゃん。さっちゃんがお話をしないなら、ぼくたちがさっちゃんのこえなきこえを聞こう″これにはすごいなあと思いました。

次の日、ある子の机の上に、さっちゃんのメモが貼られていました。そこには「おはよう」と書かれていました。朝、そのメモを貼られた子どもがさっちゃんのメモに気がつきます。それを見てその子がさっちゃんのところへ走っていき、「さっちゃん。おはよう!」と言いました。

さっちゃんはにっこり笑いました。さっちゃんがはじめてお友だちと話をした瞬間です。私はその光景を見て涙があふれて止まりませんでした。さっちゃんの心が開いた。こえには出さなかったけれど、さっちゃんはどれだけ嬉しかったことでしょう。自分のこえが届いて、お友だちと話すことができた。お友だちと笑い合えた。

私はこのとき、友だちと笑い合えることは当たり前のことではないのだということを、子どもたちから教えてもらいました。お友だちと笑い合えるためには、心が開くことが大切なのです。私はこの瞬間二人の子どものところへ走っていき、思わず二人を抱きしめました。たまらなく愛しかったのです。

それから、さっちゃんのメモは増えていきます。さっちゃんはそれから、毎日メモに一言を書き、全員の子どもたちの机の上に貼っていくようになりました。

3学期が終わりに近づいた頃、さっちゃんがなぜか学校に来なくなりました。しかし、私が気がつくよりも前に、子どもたちはその原因に気づいていました。子どもたちは教えてくれました。
「卒業式の練習が始まったからだよ。名前呼ばれたら、返事せんといかんけん」
そしてこうも言いました。
「先生、勉強やめよう。さっちゃんがどうやったら学校に来るか、みんなで考えよう」
話し合いの末、子どもたちが出した結論に、私はまた驚かされることになります。
「さっちゃんが来られないなら、ぼくたちが行こう。さっちゃんに卒業式のやり方を教えよう」

それから子どもたちは、いくつかのグループに分かれて、何度もさっちゃんの家に行ってくれました。歌を教えるグループ、卒業証書の受け取り方を教えるグループ、どの子どももさっちゃんのために、一生懸命でした。

卒業式の当日。みんなが門のところで待っていると、さっちゃんがしっかりとした足取りでおばあちゃんと一緒にやってきました。

とはいえ、いざ卒業式が始まると私の胸には不安がよぎります。さっちゃんは、練習を重ねたほかのクラスメートと同じようにできるのだろうか。

ふと見ると、そんな私の心配に気づきもしない様子で、さっちゃんはみんなが起立するところで立ち、お辞儀をするところで頭を下げ、みんなが歌うところで(たぶんロパクですが)歌っていました。クラスの子どもたちが教えてくれたからです。私はその光景に感動していました。

そして卒業証書授与。さっちゃんがステージの上に上がってきました。

「さちこさん」

と私が名前を呼んだそのとき、小さい小さいこえでしたが、はっきり聞こえた2文字。

「はい」

さっちゃんのこえです。さっちゃんがこえを出してくれたのです。
はじめて聞いたさっちゃんのこえでした。体育館中がしーんとなりました。

私のクラスの子どもたちが、ポロポロと泣き出しました。さっちゃんのおばあちゃんは両手で顔を覆い、ワンワン泣いていました。見ると、さっちゃんも泣いていました。

お父さんとお母さんがいっペんにいなくなってしまい、悲しい思いをしたさっちゃん。彼女は、こえを出さないことできっと自分を守ってきたのでしょう。でも、そんなさっちゃんが心の扉を開いたのは、たとえどんなことがあってもさっちゃんのことを信じたおばあちゃんと、クラスの子どもたちの力です。信じるという子どもたちの愛情が、さっちゃんの心の扉を開けてくれました。

人は愛でしか変わらないんだということをこのとき教えてくれた子どもたちを、私はいまでも、
心の底から尊敬しています。

 

未来のためにまく種

私が担任として子どもたちと一緒にいられるのは、長い人生のうちの、わずか1年か2年にすぎません。教師はそんな短い時間でいったい何を教えられるというのか。

きっとそれは〝教える〟というより、その子の中の光に向けて、光を信じて、〝伝える〟ことなのかもしれません。
(引用ココまで)----

私はさっちゃんの頑張りだけでなく、このクラスの子ども達にも拍手を贈りたいです。さっちゃんを支えたのはこのクラスの子ども達の愛情です。そして私の想像ですが、「こうすればいいんじゃないかな~」ってことを勇気を持って言ったり行動してくれる子が、このクラスにいたのです。最初に行動を起こすには、やっぱり勇気がいります。その勇気を生み出す雰囲気もこのクラスは持っていたのでしょう。皆さんも、ちょっとした勇気を持つことで、学校のクラスが大きく変わることがあることを知っておいてくださいね。

「愛でしか人は変わらんとよ」は香葉村さんの口癖です。信念と言ってもいいと思います。彼女の本から私は、同じように子ども達の前に立つ人間として、いろいろなことを学びました。愛情いっぱいで子ども達を育てている彼女の姿は、お父さんお母さんの心にもきっと届くと思います。ぜひ一度手にとってお読みください。

 

生んでくれてありがとう

(2015年5月18日の育心メール通信の記事です)

鈴木中人さん、

小児ガンで亡くなった娘さん(景子ちゃん)の姿を語り、いのちの大切さを知ってもらう活動をしている方です。

以前に、育心に来てもらって、お話を伺う機会がありました。

そのときのことを、会報「スマイル・レター いのち」に取り上げてくれました。

転載します。

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「お母さん、ありがとう」

五月十日は母の日です。

いのちの授業で出違った“お母さんへの思い”をご紹介します。

学習塾「育心」(大阪府枚方市)を経営する大谷岳嗣さんが主催する講演会に伺いました。

会場には、小中学生とその家族がいっぱいです。

「ぜひ親子で聴いてほしい」との大谷さんの思いでした。

講演後、子どもたちは感想文を書いたそうです。

数日後、大谷さんからメッセージが届きました。

「中人さん、塾生のAの感想文を読んで泣きました。

いのちの授業をして本当に良かったです。ありがとうございます」と。

Aさんは母親と参加して、その気持ちを綴ってくれました。

「お話を聴いている間、ずーっと涙が止まりませんでした。

心に残ったのは、子どもを愛していない親なんていないです。

それまで、親とケンカばかりしていて、自分は愛されていないと感じていました。

でもお話を聴いて、この考えを変えることができました。

さっき、私が生まれたときのことを母が話してくれました。

『あんた、生まれたとき仮死状態やってんよ。

ひと言も泣かんでな。

お母さん、必死でおしりたたいてん。

泣いて!泣いて!お願いやから!って。

あんたが泣いてくれたとき、ホンマ嬉しかったわ。

やっとこの子の親になれたって』

それを聞いたとき、ちゃんと愛してくれていたとすごく嬉しかったです。

涙が止まらなくて、心の中で何回も

『生んでくれてありがとう』

って思いました」。

そのメッセージに、私もホロリです。

子どもたちのお母さんへの思いは、どうして芽吹くのでしょうか。

自分が愛されているとの実感です。

母の日。お母さんは子どもを愛している。

子どもはお母さんに愛されている。

愛し愛されている、その思いを、家族でみつめる日になればと願います。

「お母さん、ありがとう」の言葉とともに。
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マララ・ユスフザイさん

(2014年10月13日の育心メール通信の記事です)

「1人の子ども、1人の教師、1冊の本、そして1本のペン、それで世界を変えられます。

教育こそがただ一つの解決策です。エデュケーション・ファースト(教育を第一に)。

ありがとうございました。」

2013年7月12日、16歳の誕生日に、ある少女が国連ですばらしい演説をしました。

その最後の一説です。

 

そうです。今回ノーベル平和賞に輝いたマララ・ユスフザイさんの演説です。少しだけご紹介します。読んでみてください。

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親愛なるみなさん、2012年10月9日、タリバンは私の額の左側を銃で撃ちました。
私の友人も撃たれました。彼らは銃弾で私たちを黙らせようと考えたのです。
でも失敗しました

私たちが沈黙したそのとき、数えきれないほどの声が上がったのです。
テロリストたちは私たちの目的を変更させ、志を阻止しようと考えたのでしょう。
しかし、私の人生で変わったものは何一つありません。
次のものを除いて、です。

私の中で弱さ、恐怖、絶望が死にました。
強さ、力、そして勇気が生まれたのです。
私はこれまでと変わらず「マララ」のままです。

そして、私の志もまったく変わりません。
私の希望も、夢もまったく変わっていないのです。

親愛なる少年少女のみなさん、私は誰にも抗議していません。
タリバンや他のテロリストグループへの個人的な復讐心から、ここでスピーチをしているわけでもありません。
ここで話している目的は、すべての子どもたちに教育が与えられる権利をはっきりと主張することにあります。
すべての過激派、とりわけタリバンの息子や娘たちのために教育が必要だと思うのです。

私は、自分を撃ったタリバン兵士さえも憎んではいません。
私が銃を手にして、彼が私の前に立っていたとしても、私は彼を撃たないでしょう。
これは、私が預言者モハメッド、キリスト、ブッダから学んだ慈悲の心です。
これは、マーティン・ルーサー・キング、ネルソン・マンデラ、そしてムハンマド・アリー・ジンナーから受け継がれた変革という財産なのです。
これは、私がガンディー、バシャ・カーン、そしてマザー・テレサから学んだ非暴力という哲学なのです。
そして、これは私の父と母から学んだ「許しの心」です。

まさに、私の魂が私に訴えてきます。「穏やかでいなさい、すべての人を愛しなさい」と。

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教育の大切さを感じます。
その教育を実践する者として、しっかりした考え方を子ども達に伝えていきたいと、
思いをまた強くしました。

全文はこちらから

古事記4

(2014年9月29日の育心メール通信の記事です)

伊邪那岐大御神(いざなぎのおおみかみ)はたくさんの神様を産みますが、
最後に、天照大神(あまてらすおおみかみ)と月読命(つくよみのみこと)と須佐之男命(すさのおのみこと)という、三柱の神様を産みます。

そして、天照大神には高天原(たかまのはら)を、月読命には夜之食国(よるのおすくに)を治めるよう、言いつけられました。

そして、須佐之男命には
「おまえにも、天照大神や月読命に劣らぬ、大事な仕事をしてもらいます。
陸も海もある現し世(うつしよ)を治めなさい。
まず第一に、人間の住む国を開発する仕事から始めることです。
男子の仕事として、実におもしろくて痛快でやりがいのある仕事です。」
と、話されるのです。

さて、須佐之男命は現し世に行く途中、大変な苦労をされて旅を続けられるうちに、
「現し世に行けば楽しいことばっかりがある」と勘違いされるのでした。

ところが、そこは
ただ一面の葦原(あしはら)と険しい森林に深い山々、荒れた川と沼ばかりです。
そこを開拓していく中で楽しみが出てくるという、開拓のおもしろさを感じることができなかったのでしょう。

ついに、不平不満が気持ちを支配します。

「お父上は、天照大神や月読命ばかり可愛く思われて、ごひいきになったのだ。
そして自分をだまして、こんなつまらないところに来させたんだ。
あの馬鹿親父めが・・・」

須佐之男命のこのような気持ちのおかげで、
現し世の自然はもっともっと厳しいものに変っていったというのです。

おもしろいですね~
古事記には、親子関係の難しさも語られているのですね。

伊邪那岐大御神は、後に須佐之男命にこう言います。
「おまえは、父親である私が、兄弟3人の中で、
天照大神と月読命をえこひいきしているしているように思っているが、

それは大変な思い違いです。
どの子も同じように可愛いのです。
高天原も夜之食国も現し世もみんな大切なところです。
どの一つが治まらなくても他の二つはダメになってしまいます。」

お母さん方も、子どもの性格や体力を考えて、その時に応じた子育てをしているはずです。
今、この子にはこれが必要!って気持ちですよね。
でも、それが、子どもには理解できないこともあるのです。

悔しいですね!!

しかし、ずっと後になって、須佐之男命が現し世の建設に尽力するようになるように、
お子さんも、今のお母さんの気持ちをしっかり理解してくれるはずです。
時間がかかる場合はあるでしょうが、必ず理解してくれます。

そのことを信じて、頑張りましょうね!

(この文章は阿部國治著「新釈古事記伝」をもとに大谷が記しています)

古事記3

(2014年9月22日の育心メール通信の記事です)

「あかいだき」で死んでしまった大国主命のその後をお話ししましょう。

大国主命の母神は、他の男神達が帰ってくると、「大国主命が赤猪にやられてしまった」というので、手間山にまいります。
そこで、大きな岩を抱いたまま焼け死んでいるむごたらしい姿を発見し、すべてを悟ります。

実は、今まで男神と書いてきたのは、大国主命の兄弟達だったのです。
自分の子ども達がこれほどまでに憎しみ合っていたのを、何にもできずに、
ただ見ているだけで、最後は一番仕事をしてくれそうな大国主命の悲惨な姿を見て、
母神は悲しくて悲しくて、泣き憂いました。

その真心は、天照大神(あまてらすおおみかみ)にまで届き
「高天原に舞い上がって、神産巣日之命(かみむすびのみこと)にお願いしなさい」
と、声が聞こえてきます。

そこで母神は、すべてを丁寧に神産巣日之命にお話になります。

すると神産巣日之命は
「よろしゅうございます。お引き受けいたします。私が活動してよいだけのすべての条件が備わっています。
ただ、私の仕事の仕方はまったく理解できないような形で行われます。
あなたは、お帰りになって、ご自分の受け持ちをしっかりと守りなさい。」
と言われるのです。

母神は、お帰りになって、じっと待っておられました。

ある日のこと、赤貝姫(きさがひひめ)と蛤貝姫(うむぎひめ)が現れます。
赤貝姫が身体から出した粉を、蛤貝姫が身体から出した水に混ぜて、大国主命の身体に塗っていきます。

すると二人のお姫様の姿は見えなくなったのですが、
大国主命の身体は元通りになりました。
というより、以前にも増して見事になり
うるわしきおとこ となられました。

そして、あちらこちらに行き、大きな仕事をしたということです。

さて、神産巣日之命が言う「私が活動してよいだけのすべての条件」とは何でしょう?

きっと、
人のため世のためを思って誠実に仕事をすること
そうすると、人に恨まれることや、場合によっては命を落とすこともある。
それでも、正しい姿勢を崩さずに仕事をする。
そんなことじゃないかな~と私は思うのです。

そして、こういう条件がそろっていれば、たとえ殺されるようなことになろうとも、
神はほったらかしにはしない。
ちゃんと、生き返らせて、もっといい人間に、そしてもっともっと仕事ができるようにしていただける。

しかも、そのときの神の行いは、赤貝姫や蛤貝姫が行ったように、理解できるような形ではないのです。
奇想天外な方法で、生き返らせてくれるのです。

お母さん方の今の苦労、ちゃんと神様は見ておられます。
そのご褒美は、すごく意外な形でもたらされるかもしれません。
でも、一生懸命に尽くしていくなら、必ず、いい方向に神が導いてくれるんだ。
私には、このように感じられる、お話でした。

(この文章は阿部國治著「新釈古事記伝」をもとに大谷が記しています)

古事記2

(2014年9月15日の育心メール通信の記事です)

前回に続いて、古事記から紹介します。
今日は、赤猪抱き(あかいだき)という内容です。

嫁取り競争に勝った大国主命は晴れて八上姫と婚約します。
負けてしまった男神達は、
みんなのためにつくす大国主命と、そのことをしっかり見定める力をもつ八上姫、
二人はお似合いのカップルだと、最初は納得するのですが・・・

時が経つとともに、
「つまらないな」
「仕方ないか」
「でもしゃくにさわるな」
「大国主命が憎らしいな」

ついには

「大国主命を殺してしまおう」

と、また密談をはじめるのです。

そのころ、手間山という山に、大きな赤い猪(いのしし)がおり、
人に危害を加えたり、麓に出てきて畑を荒らしたりしていました。

男神達は、人々のために赤猪を退治しようと、大国主命に持ちかけます。
「俺たちが山に入って、赤猪を追い詰め、おまえのいる場所へ追い込む。
おまえは、赤猪を剣で殺したりせず、しっかり腕で捕まえて、生け捕りにしてくれ。
みんなに見せてやろう。
これは、力持ちのおまえしかできない仕事だ。」

大国主命は、おかしいなあと思ったでしょうが、いつものように引き受けるのです。

山に入った男神達は、枯れ木を集めてどんどん火を燃やします。
そして大きな岩を見つけて、燃やした火で大きな岩を真っ赤に焼き、
それを大国主命にめがけて転がしていきます。

どうなったと思いますか?

大国主命は真っ赤な岩を抱えて、焼け死んでしまうのです。

「ふくろしよい」のこころをもって、人のために仕事をしていくとき、
それをまわりの人はどう見るかというと、
立派な人だ、ありがたいな~
と、反応してくれる場合ばっかりではありません。

誰にも認められないこともあります。
逆にそのために憎まれて嫌われることもあります。
場合によっては、大国主命のように、殺されてしまうこともあるというのです。

お母さんが赤ちゃんの面倒をみるときもそうです。
赤ちゃんが病気になれば、薬を飲まさなければなりません。
薬なんか嫌いな赤ちゃんは、ギャーギャー泣き叫びます。
どんなに泣いても、お母さんは薬を飲ませます。

赤ちゃんには理解できませんが、
今、薬を飲ませることが、どれだけ大切か、お母さんは分かっているからです。
赤ちゃんに嫌われてもすることはたくさんあります。

これも「あかいだき」です。

赤ちゃんが幼児になれば、文句も言います。
文句を言われながらもお母さんは頑張ります。
だんだん口答えしたり、手を上げてきたりします。
最近では、お子さんが本気で怒ってきて、けんかになることもたびたびではありませんか?

ましてや他人であればいっそうのことです。
世のため人のためにしていることでも、
ありがた迷惑に思う人がいるということです。
そして、いつしか嫌われていることもあります。
本当の意味での仕事をしていくということは、なかなか大変なことだと古事記は物語っています。

日本の古代に、こういうところまで、すでに人間は学んでいたんだな~
と思うと、縄文人・弥生人のすごさを感じてしまいます。

さてさて、大国主命は死んでしまいましたが、その顛末は・・・
それは、また次回のお楽しみです。

(この文章は阿部國治著「新釈古事記伝」をもとに大谷が記しています)

古事記1

(2014年9月8日の育心メール通信の記事です)

最近、古事記を読み始めました。
日本の心の原点である古事記、私は今まで読まずに来ました。
最近発刊された、新釈古事記伝がとても分かりやすいので、今読んでいます。
深い内容が描かれています。
少しずつご紹介しようと思っています。

「袋背負いの心」
(「ふくろしよいのこころ」と読みます)

大国主命(おおくにぬしのみこと)は若い男神、他の男神と嫁取り競争に出かけます。
いなばの国の八上姫に、誰があなたの夫としてふさわしいか選んでもらおう、というのです。

旅に出る前にある問題が起こります。
それは「荷物と旅行道具をどうして運ぶか」ということでした。
他の男神は相談(密談)して、大国主命に、
「みんなの荷物や旅行道具を、大きな袋に入れて、おまえが背負って持っていってくれ」
というのです。

大国主命には、人にものを頼まれたときには、それが大事なことであって、
自分の力の及ぶことなら、万難を排して、それを聞き受けようという気持ちがあり、
無茶を承知の上で、引き受けます。

旅の途中、重い荷物を背負った大国主命はいつも一番あとから、ついていくことになり、
宿泊所に着いてからは、荷物をおろし、食事やお茶の用意をしながら、
まるで従者のように過ごしておられます。
他の男神たちは、これで大国主命は嫁取り競争からは脱落だと喜んでいたのですが、
大国主命は、嫌がりもせず、いつもニコニコと旅をされていたそうです。

結局、八上姫は誰を夫として選ばれたと思いますか?
答えは簡単ですよね。

大国主命です。

「ふくろしよいのこころ」とは
「できるだけたくさん、他人の苦労を背負い込むことを喜びとせよ」
そして、そのことを自慢に思ったり、感謝を要求したりするのではなく、
その仕事をすること自体が喜びであるというように、ニコニコと元気に実行することが大切だ。

という意味のようです。

そして、大国主命が従者のようにお役目を全うされたように、
社員は社員の袋があり、部長は部長の袋があり、社長は社長の袋があります。
それぞれの立場で、それぞれのお役を全うする、それが大切です。

だから、ご家庭では、お父さんの担ぐべき袋もあれば、お母さんの担ぐ袋もあります。
それぞれに重たい荷物がいっぱいなのでしょうが、
それを、ニコニコと元気よく背負って、毎日を生きていくことこそが大切だと古事記は教えてくれています。

素敵ですね。

最後に、一つ問題を出します。
「お父さんの荷物とお母さんの荷物、どちらが重いでしょうか?」

家で最も大きな袋を背負っている方を何と言いますか?
そうです。
お袋様です。

いつも、子ども達のため、時にはご主人のため、大きな大きな荷物を背負っていただいて、
ありがとうございます!

お袋様に感謝!!!

(この文章は阿部國治著「新釈古事記伝」をもとに大谷が記しています)

ニックブイチチ

先週はビデオ講座を実施しました。

ニックブイチチさんの姿勢から、子ども達はたくさんことを学んだはずです。

 

ニック

 

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もしも百回すべて失敗して、私が起きあがることを放棄するとしたら、私は二度と起きあがれないでしょう。

でも、失敗してもまたチャレンジするなら、そしてまたさらにチャレンジするならば、それは終わりではありません。

どうやって最後まで耐えられるのかが大事なことでしょう。

強く耐え抜けるでしょうか?

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どうぞ、ご覧ください。

家族のはなし

信濃毎日新聞がお笑い芸人の鉄拳さんとコラボしてつくったという「家族のはなし」をウエジョビの比田井美恵さんに教えていただきました。

とってもいいお話です。

輪転機を回した、ぱらぱらマンガ ご覧ください。